マヨ・ネーゼ
真夜中、私は家を飛び出して走っていた。
パパもママも、私のことなんてぜんぜん見てくれない。まるでフライドポテトにケチャップばかりかけて、マヨネーズは無視するみたいに。
裏路地を駆け抜けながら、酔っ払いと胃液を器用にヒールでスラローム。ようやくたどり着いたのは、木製の古びたドアの前だった。
カランコロン。ドアベルの音が鳴り、そこには柔らかい笑顔のユルイ君が立っている。
「マヨイちゃん、また来たんだね。」
深緑のエプロン、ほどよくシワのついたシャツ。仄暗いランプの下で、換気扇がグルグル回っている。カウンターの向こうには、見たこともないラベルのウイスキーボトルが並んでいた。
私はため息をつき、肺いっぱいにここの空気を吸い込む。この空間の匂いだけで、生き延びたい。それ以外は、なんかこう、青白いゾンビか棺桶に入ったドラキュラみたいな感じで。
「いつものでいい?」
マスターがトーション(雑巾のこと。おしゃれに言うとこうなる)片手に声をかける。私はコクリと頷き、カウンター席へ。
ここにはいつも、私とユルイ君とマスターしかいない。そして知らないジャズが流れている。意味はわからないけど、なんだか心地いいのだ。
「はい、マヨイブレンド。」
ユルイ君が、ふわっと笑ってカップを置いた。中には、ブラックコーヒーに渦を巻くまろやかな卵黄の泡。そっと口をつけると、練乳の甘さが舌の上で優しく広がる。
ああ、この時間がずっと続けばいいのに。でも、カップの中の液体が減るにつれ、だんだんと瞼が重くなる。体の中で混ざるはずのなかった油と水が、ゆっくり近づいていく感じがした。
「私、寝なくても大丈夫……」
なんとかそう言うと、ユルイ君がじっと私を見つめる気配。
「マヨイちゃんの夢が見たい。」
低い声。いつもは見えない八重歯が、シーリングライトの下でキラリと光る。その笑顔が少しだけ怖い。
私は、知らない私に出会う。混じり合いたいのに、でもマヨネーズにはなれない。
頬に暖かい涙が伝い、私は意識をふっと手放した。
(遠くでマスターの声が聞こえた気がする。)
「次回は、マスタードブレンドをおすすめするよ。」
……次回ってなんだろう?